大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和54年(く)4号 決定 1979年2月14日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件申立の趣旨並びに理由は抗告人作成提出の「即時抗告申立書」に記載のとおりであるからこれをここに引用する。

右によればその理由は要するに、

(1)  被請求人は昭和五二年二月一日福岡簡易裁判所において賍物故買の罪により懲役一年及び罰金七万円の刑(以下前刑という)に処し、右懲役刑については二年間その執行を猶予する旨の判決言渡を受けて該判決は同月一六日確定し、現にその猶予期間中であるところ、被請求人が同五三年九月二九日山口地方裁判所下関支部において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年二月の実刑判決(以下後刑という)の言渡を受け、その適法な執行を受けたことを理由として原裁判所は同五四年二月二日前刑の執行猶予の言渡を取消す決定をした。

(2)  しかし被請求人は後刑の判決につき控訴を申立てたが、広島高等裁判所において所定の期間内に控訴趣意書を差し出さなかつたことを理由に控訴棄却の決定を受けたので、直ちに同裁判所に右決定に対する異議申立をしたところ、同年一二月一四日付決定でこれも棄却されたため、これに対し同月二一日特別抗告の申立てをし、目下最高裁判所で審理継続中である。

(3)  従つて後刑の判決は未だ確定しない段階にあるのに、前刑の執行猶予の言渡を取消した原決定には、刑法二六条一号を拡張解釈しその適用を誤つた違法があり、憲法三一条法定手続の保障の原則に違反しており、また執行猶予期間満了の直前になつて右猶予の言渡の取消をするのは刑罰権の正当な発動とはいえず、社会正義にも反するもので憲法の基本的人権尊重の原則に違反するから、原決定は取消を免れないというのである。

二  よつて検討するに、右(1)(2)の申立事実は一件記録によつてこれを肯認することができる。抗告人は刑法二六条一号にいう執行猶予言渡取消の要件である「……禁錮以上の刑に処せられ……」とは該刑が確定することを要するのに、本件の場合後刑の裁判は前記のように特別抗告申立中で未確定であるから前刑の執行猶予言渡を取消すことはできない旨主張するので考察するに、同条同号によつて右の取消ができるのは、当該猶予の期間内に犯した罪について実刑に処する後刑の裁判が形式的に確定した場合がこれに該ることは所論のとおりであるが、本件の場合後刑の裁判について特別抗告の申立がなされたが、該裁判については原裁判所においても抗告裁判所においてもその執行が停止されておらず、右後刑の裁判につき執行力が生じて既にその執行が適法に開始されていることは記録上明らかであり、そして右のように後刑の執行が許される場合においては、最早執行猶予の趣旨目的を実現する可能性は失われたものというべきであるから、後刑たる実刑判決に執行力が生じ既にその執行が開始されて恰も裁判の確定による結果が現に実現されつゝある本件のような場合も、刑法二六条一号にいわゆる「猶予の期間内更に罪を犯し禁錮以上の刑に処せられ……」た場合として、猶予言渡取消の要件に該当するものと解するのが相当であり、前示の理由により前刑の執行猶予を取消した原決定には何ら違法の廉はなく、所論のような法令の解釈や適用の誤りは存しないし、また執行猶予期間の満了直前に、右猶予の言渡を取消したからといつて何ら不当の措置でもなく、憲法の規定する適正手続にも背反しないので、本件申立は結局その理由がない。

よつて刑訴法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例